自分で自分の首をしめていないか。

今日は久しぶりに子育てをしていた時からのしりあいにあった。

本当にたまたまで、SNSではずっと、うちにきたい、きたいと言っていた人だ。
ちょうど今日、会って、やはり家に来たそうだったので、家に来るか聞いてみると来たいとの返答で、うちに来ることになった。

知り会いの方は、ちょうど1歳半の娘と実母と一緒にいたため、その3人でうちに来ることになった。
到着すると、うちの田舎さに驚いたり、無人販売所がちょっと傾いているのを心配してくれたりした。

しばらく外で話して、少し寒かったので、台所でいろいろ話すことにして、お茶と漬物を出した。

 

すると、素朴な疑問なのだろうが、そのお母さんが、なぜ田舎にいるのか、自分は都会や街に行きたくてたまらないのに、わざわざ選んでこの場所にいるのかわからない、そして今から子どもにお金がかかる時期に突入するのに、なぜこういう暮らしをしているのか、困らないのか。

 

とすごく心配してくれた。確かにそういう感覚で生きていれば私のようなスリリングで綱渡りのような生活は不安を覚えるだろう。まぁ、現に私も全て自信満々にこの生活を送っているかといえばそうではなく、やはりおくりながらも不安を覚えたり、心配している。が、いといろ考えあぐねたり、不安を漏らしたりしながらもこの生活を続けているということは、まぁ、そこまで嫌じゃないし、いいんじゃない???という気持ちもあったりで住んでいる。

物事は何を中心に考えるかでやっぱりかわってきて、そういことを中心に考えればまぁ、確かにと思うが・・・。いっぺんにいろいろ否定することはできないし、生きてきた環境などで変わるし、そこは難しいところだけど、一辺倒に自分の意見を押しつけるのも如何なものかとも思う。

そういうふうに

こうじゃなきゃ

 

と思ってやると、人がやっていることにも目くじら立てて見ちゃうことも出てくると思うし、何よりも、自分の首まで苦しめちゃうんじゃないかともう。だからさっきみたいなことを言われてもいつものことだから特に気にせず、自分の思うままに生きいていきたいともう。

だって、あんまり詳しく話しても理解してくれたりするまでには時間がかかると思うし、仮に説明しても理解してくれるかわからないし。

だから、何を言われても、自分が必要な物ややりたいこととか、そういったことで頭を使いたいので、田舎にいて何が楽しいのかとかいう質問に答える時間がもったいない。

私が田舎にいる理由は今のところ一言で言えば、・・・う〜ん。

百姓が今はしたいから。

それだけかな。そこから困ることは解決して、自分で自分の首をしめないように生きていけたらと思う。

こうやっていろいろな人が来てうちで話してくれて本当にありがたい。
いろんな意見を聞けるから。
それを全否定しても意味がないから、いろんな人がいるんだという程度で受け止めることにしている。
同じ考えばかりじゃ面白くないから。

私はよく相談されたり、話されたりするのでよほど私に話かけやすいんだと思う。
1時間いくらとかでただ話聞くだけの商売できるんじゃないか??百姓の一環でやってみようかしら??

 

作成者: Haru

シングル百姓。 農業を初めて6年目、猟師見習い中。大分県竹田市の消滅集落で一軒家を借りてDIYリフォームし住んでいる。2人の娘、ネコ2匹と暮らしている。

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