”ありがたみをわかってほしい”と”ありがた迷惑”

たまに年上の人に

私がやっている行為のありがたみをわかってほしい

と言われることがある。
そういう人に限ってこっちからして

ありがた迷惑

な行為をしてくれることがある。

 

たぶん両方に共通していることなんだけど、

もっと自分の行為に感謝してほしい

というのがどこかにあるのだと思う。
だから、他人にとってありがた迷惑な行為だけど自分ではこんなにしてあげてるからもっとありがたがってほしいと思う。
でもされている方からしたら、頼んでもないことをしてもらっても特に”ありがたく”はない。
ただの自己満足じゃんと感じてしまう。

 

年齢には関係なくこういった行為はあることで、この二つはセットで成り立ってるんだと思う。

だいたい、こういう人は別に自分が悪いことをしているとは全く思っていないので嫌がられたり、お礼を言われなかったりすると腹をたてる。

逆にこちらからしてみれば不要なことの押し付けで本当に迷惑だ。

人との関わりが減る(会社をやめたり、新しいコミュニケーションに入らない、暇、やることがないなど)と一気にこの現象に走るのではなかろうかと私は思った。

こういう経験をよくするからこそ、 私はそうしないようにといつも言い聞かせる。

やっていると自分が疲れると思うし、そんなことばかり思ってたら本当に孤立してしまいそう。
私は社会的には全く強くない場所にいる。
だからこそ一定のラインまでは寛容に受け入れて行きたいなと思う。
そのラインも結構低めにしていたいな。まぁ、なんでもいいってわけじゃないけども。

 

作成者: Haru

シングル百姓。 農業を初めて6年目、猟師見習い中。大分県竹田市の消滅集落で一軒家を借りてDIYリフォームし住んでいる。2人の娘、ネコ2匹と暮らしている。

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