空き家リフォームシリーズ①〜まず片付いてない空き家に住み始める〜

空き家に住み始める

さてさて田舎の空き家の修繕を始めたのが今年の5月のこと。
とりあえず、ボロボロの天井から手をつけていく。が自分ではとうてい修理は不可能なのでここは大工さんにお任せする。
実はこの天井に取り掛かるまで2週間かかっている。もともと住んでいた借家は出なければ行けなくなっていたので宿がない。となると住めるところは・・・・見つかった空き家しかないよね・・・・・。

家の大部分は雨漏りで天井も、畳もぜーんぶぼろぼろ・・・どこに寝泊まりするんだ・・・ということで、1部屋だけまともに片付ければ住めそうな部屋があったのでそこに子どもと寝泊まりをすることにする。

トイレは汲み取り式で使えなくはない。でも使うと悪臭が漂うこと間違えなしなので、近所の温泉館や公共の施設を使って・・・と言っておっこう。トイレができるまでの約1ヶ月近くを過ごしたwサバイバルだ・・・。もうどんな環境でも住めそうな勢い。

電気が来ていないので夜は最悪だ。スマホの明かりだけで過ごす。
明るいうちに家に帰っていろいろしておかないともう夜はほぼ何もできなくなるからだ。

不安な初日。決めたはいいものの本当に住めるかは実は不安だった。
トイレもないから真っ暗な外で用を足した。
用を足しに外へ出ると

がさがさぁっ!!!

物音がする・・・ずっと空き家だったから動物も出入りしていたのだろう・・・ますます不気味だ。

 

ちなみにこの数日後、どこかの穴から家の中に狸が入ってきた形跡があった・・・。狸と寝泊まりすることになるとは・・・。

 

電気が来るまでは、寝起きはお日さまとともに!行った。陽が昇れば起きて、陽が沈めば寝るという生活。

料理はカセットコンロを持ち込んでいろいろ料理した。
水は湧き水を毎日タンクに汲んできた。(竹田は名水の里!水はきれいなのだ!)

お風呂物ないから近くの温泉館で毎日入った。

↓トイレ

ちなみに寝る部屋はこちら。

これは片付け前の部屋。

10年前まで空き家で、10年前までおばあちゃんが一人で寝泊まりしていた部屋。納戸。
この部屋のそばにはお手洗いとお風呂がある。まぁ、他の部屋に比べれば修繕なしでも住めるレベル。今でも修繕せず、寝室として使っている。そうそう、布団の下に敷いているマット。なんか足腰が悪かったおばあちゃんがこの上に寝て別に設置してある機械を入れると電磁波??やらなんかで足腰の痛みを和らげることができるらし機械。この家で一番高い物だと家主さんが言っていたが・・・本当なのか・・・・。
この納戸、よくできていて、直射日光は入らないし夏は涼しい。そして来客があっても音が聞こえずわからないので、居留守も使える。本当によくできた部屋だ。これは4畳半。ここで寝る、ご飯、勉強など全てのことを行った。窮屈な生活で、さすがの子どもも疲れてたな・・・。プライベートも何もない。
幸い梅雨時期前だったので晴れも続き片付けもリフォームもどんどん進んで行った。
ただちゃんと生活できるまでさらに1ヶ月かかっているのでちゃんとした生活ができるまでには丸っと2ヶ月近くは空き家の状態で住み続けたわけだ。
ちなみにこれが片付いた納戸。

 

タンスが4竿この部屋に入っていて、狭い空間を圧迫していたので全て出した。タンスの中には大量の来ていない新品のよそ行きの服が大量に出てきて驚いた。中には砂糖も出てきたし、物持ちがいいのは大変結構なのだが、使わないのに残しておいても・・・断捨離とは程遠い話だ。
やはり戦時中で物もないし、ここは田舎。いざという時物がなかったら困るからということで残してあるんだろうが、片付ける方は本当に大変だ。
この小さな家と納屋から軽トラ10杯分近くのごみ・・・いや物が出てきた・・・。

これはまだほんの氷山の一角だ・・・。

大工さんが来てくれるまでの2週間はとにかく家の中のゴミを片付け続けた。分別しゴミ処理場へ軽トラで直接運搬する。
布団・・・鍋・・・漬物・・・食器・・・もう言い出したらキリがないほどの物だ。

 

空き家にはなんとか住めるから、住みながら改修したほうがいいと思う。

友達全員からこんなところに住むのかとwなんども笑われながら言われたが、笑われても住んでいるw子どもと住んでいるw

他の場所に住みながら修繕するのがいいのだろうけど、私の場合宿無しになるのでとりあえず住んだ。住みながら修繕した。ストレス半端なかったけどもw
でも、なんとか住めるよ。本当に。人間ピンチになるとどうにでもなるさ。
なんでもしちゃうさ。たとえトイレがなかろうと、風呂がなかろうと、水が出なくても、電気がきてなくてもなんとかなるぜ!!!

たまたま5月とういう気候のいい時期だったのでなんとかしのげたけど、多分真夏や真冬なら無理だな・・・気候のいい時期なら修繕しながら住むのはお勧めする。
写真のような大量のゴミと寝泊まりしていたと思うと今思えばよく住んだな・・・と感心するが、自分はまだしも子どももよく、私に付き合ってくれたなぁと感謝している。
だって、ご飯も外、宿題も外に机を出して青空教室開いてたし、家の周りはゴミだらけだし・・・感謝でしかない。みなさんありがとう!!!

ここで言っておこう。

まぁ住み始めてしまえばこっちのもんだし、ことも早く進む。片付かないなぁ、大工さん来ないかなぁ、と待っていても仕方ない。自分でとりあえず動いて片付けてみてやるのもありかな。

ここまで片付けられたのも私一人の力じゃなく、たくさんの人の力を借りることができたから。なんだかんだ言っても助けてもらえる環境にあるのはありがたい。人に甘えるのはすごく苦手なんだけど、でも、こういう時は甘えなきゃ何もできないから、片意地張らず柔軟にやらなきゃと勉強になった。

あともう一つ勉強になったこと。それは

物は増やさないようにしよう。

という教訓。この物をみて、これを使わずに家を手放すのだから物って一体何だろうと考えさせられた。

 

 

でもこのサバイバル生活・・・終盤は私も子どもたちにも疲労の色が見え始めやはり2ヶ月は長かったのでなんだかんだ言いつつ、別の場所に住んで修繕しつつ住んだほうが快適なのは間違いない。
でも、どうしても無理な場合は私のように無理やり住むこともできるのでそれは心配する必要ないと思う。

次回は大工さんが入ってからみるみる家が変わっていく様子やフローリングを自分で敷いた話など書いていこうと思う。

 

作成者: Haru

シングル百姓。 農業を初めて6年目、猟師見習い中。大分県竹田市の消滅集落で一軒家を借りてDIYリフォームし住んでいる。2人の娘、ネコ2匹と暮らしている。

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